MAIGOの旅行記

一人旅が大好き / 旅の気づきの記録をブログに / 今はASEAN10カ国を旅するのが目標 / 近所(関西)もよく旅に行く / 博物館185館訪問 /I like traveling. MAIGO means my nickname. Osaka, Japan

なぜ、大阪の人は話の最後に“知らんけど”というのか?(あの街この街 vol.1)〔#252〕

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「あの街この街シリーズ」として、出かけたところを定点撮影。

 

今回は、淀屋橋の名前の由来となった淀屋の歴史から「なぜ、大阪の人は話の最後に“知らんけど”というのか?」を紐解きます。

 

淀屋橋は江戸時代の豪商・淀屋が架橋したのが最初です。


淀屋が作ったので名前も「淀屋橋」です。


江戸時代の大阪では、多くの橋は公共工事ではなく民間の商人が自店の前に架橋することが多かったようです。

 

淀屋が築いた財産は、何と約20億両 (現在の貨幣価値で約200兆円) 。
米の取引を中心に莫大な利益を手にしました。

 

しかし、5代目の頃には無駄遣いを繰り返し、また、武士への貸付が大きくなりすぎて問題になり、最終的には、幕府に財産没収されました。

 

江戸時代には大阪の豪商が目立ちすぎて幕府から処罰や財産没収されることがあり、目立つことを避ける言い回しが大阪商人の中で使われるようになりました。

 

例えば…

*「儲かってまっか」「ぼちぼちでんな」という挨拶
*安く買えたことを自慢げに話すこと
*話の最後に「知らんけど」と言って逃げ道を作る

 

というようなことです。

 

これらの言い回しが商人から庶民にも伝わったと言われています。


商売も常に政治や権力に翻弄され、それが言葉の中にも残っているのは面白いですね。

 

今から200-300年前に始まった言い回しが今でも使われているのは、不思議な感じもします。