MAIGOの旅行記

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豊岡・城崎温泉・久美浜の旅(都市における人材の考察)〔#243〕

(1)旅にあたって
2019年のお盆休みは、豊岡・城崎温泉久美浜に行った。お盆の旅の行き先について、googleマップをみながら、特に目的もなく、なんとなく豊岡がいいんじゃないかと思い、駅前のホテルを予約した。特に目的もないので、のんびりと普通列車で行き、途中下車して福知山で観光をした。 

 

(2)街の様子
途中下車で行った福知山、豊岡市とも人口が約8万人の都市。日本では人口が10~20万人ぐらいの都市って、どこにいっても驚くほど似ている。あんまり駅前が栄えていなくて、郊外のショッピングセンターが賑わっている。

 

これが40~50万人以上になると、駅前が栄えているところが多い。たぶんこの規模の人口にならないと鉄道を使う人が増えないからだろうと思う。

 

基本は車社会で繁華街もないので、観光に来て地元の人の様子を観察するのは、機会が少なかった。数少ないスーパーマーケットとかで地元の人の様子を見ていると、意外に子連れの人と高校生が多かった。

 

高校生は、エネルギーが有り余っている感じだった。あんなにエネルギーがあれば、地方都市にいれば退屈に感じるのかもしれない。

 

子連れの人は、都会の人に比べてピリピリした雰囲気がなく、全体的に子どもに対しては暖かい雰囲気だった。仕事があれば、子育ては地方都市の方がやりやすいと感じた。


(3)交通
いろいろ調べたけど、観光するのに鉄道とバスだけで移動するのは難しかった。仕方ないのでタイムズカーシェアを使って観光した。

 

(4)行ったところ
*福知山城
普通列車で途中下車して福知山城に行った。駅から城までは徒歩20分ぐらいだけど、この日はあまりに暑かったので、バスに乗車していった。

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福知山城は明智光秀が築城した。小さいながらも美しい城だった。


NHK大河ドラマ麒麟が来る」に便乗した広報をしていた。地元では明智光秀は慕われているらしい。

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知られざる 「明智光秀」を訪ねて - 福知山市オフィシャルホームページ

 

駅までの帰りは、バスがなかなか来なくて大変だった。こういう時にライドシェアが使えない日本はとても不便だと感じた。人口が20万人以下の自治体ではライドシェアを解禁してもいいんじゃないかと思う。

 

*城崎温泉
豊岡駅前のホテルにチェックインして少し休憩してから、夜になって電車で城崎温泉街に行った。日帰り温泉に入ることも考えたが、あまりに暑い日だったので風呂に入る気がしなかった。街を少しブラブラして、電車の時間までは喫茶店で休憩した。

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お盆の時期なので観光客が多かったけど、温泉街の道路は車の通行量が多すぎて、のんびりとした雰囲気を味わえなかった。

 

*玄武洞
翌朝はタイムズカーシェアの車を借りて玄武洞に向かった。
玄武岩の名前はここの名前に由来しているそうだ。

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*玄武洞ミュージアム
この博物館はデザインが素晴らしく、展示もとても見やすかった。

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これだけ館内のデザインが美しい博物館も珍しい。今まで日本国内で100館以上、海外でも40館以上の博物館を訪問したけど、間違いなくトップレベルの美しいデザインの博物館だった。館内は、この規模の都市の博物館では珍しく、とても混雑していた。やはり公共ではなく民間の博物館の方が展示レベルが高い。

genbudo-museum.jp


*豊岡市立歴史博物館
ここは地方都市にある典型的な博物館だった。なんとなく地元の歴史を紹介し、あまり面白くない映像を流していた。でもこの地域も農業が主産業だった江戸時代までは、それなりに繁栄していたことを学んだ。

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豊岡市立歴史博物館-但馬国府・国分寺館-

 

*久美浜
久美浜湾は地図上では湖にみえるけど、海とつながっていて汽水湖になっているらしい。水面がとても穏やかで、ジェットボートを楽しんでいる人が多くいた。すごく穏やかな雰囲気のところだった。春とか秋にきたらとてものんびりとできるところだと感じた。

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*久美浜温泉
広い露天風呂があった。冬とかに来たらめちゃくちゃ気持ちいいんじゃないかと思う。

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*豪商 稲葉本家
今回の旅で偶然ここにに来れたことは、とても価値があった。街づくりにおいて人材について深く考えさせられた施設だった。

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稲葉本家は美濃の稲葉一族の末裔と言われ、この久美浜の地にて糀製造で得た富を背景に交易で巨富を得て、付近諸藩の金融を独占するほどの豪商だった。

 

いつの時代も富を独占できるのは、土地持ち、交易(貿易)、金融であることに変わりはないのだろう。

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なんと、明治時代には13代目が個人の資産で旧国鉄宮津線久美浜-豊岡間を開通させたそうだ。

 

14代目の兄弟は2人とも東京の大学に進学し、次の世代を担うはずだったのに、太平洋戦争時に徴兵されて、2人とも戦死して家が途絶えてしまったそうだ。そのことの無念さの展示がたくさんあった。

豪商 稲葉本家 | 豪商 稲葉本家 京都府京丹後市久美浜町3102


*帰りの電車
普通列車ではなく、特急はまかぜに乗車した。


(5)都市における人材の考察

1日目の福知山での「明智光秀がもし天下をとっていたら・・・」と2日目の久美浜での「豪商 稲葉家の跡取りが戦死していなかったら・・・」の2つのことで、いろんなことを感じた。

 

もし、明智光秀豊臣秀吉との戦いに勝って天下をとっていたら、福知山の街も違った発展をしていたのだろう。

 

また、もし、豪商 稲葉本家の兄弟のうち1人でも戦死せずに復員していたら、今でも、久美浜で大きな存在感をもっていただろうし、東京の大学での人脈も生かして大きく発展しただろう。たぶん久美浜の街自体が、今とは全然違う街になっていたと思う。

 

東京も「徳川家康が江戸を本拠地にしなかったら・・・」「関ヶ原の戦いで負けていたら・・・」今とは全然違う街になっていただろう。

 

街って一人の人材によって大きく変わる。歴史の影響は大きいのだと強く感じた。(終わり)

 

訪問日 2019年8月

 

★おまけ
帰りの「はまかぜ」で神戸駅から外国人観光客が乗車してきた。特急なので、乗車券とは別に特急券が必要なのだが、そのことを日本語でしかアナウンスしていないので、知らずに乗車してきたようであった。

 

車掌がやってきて片言の英語で「特急券が必要なので払ってください」と何度も言っていたのに「自分は乗車券を持っている」といって、三宮駅を出てから大阪駅駅までの間で15分ぐらい言いあいをしていた。車掌は片言の英語なので全然通じていなかった。

 

こういう小さなトラブルを重ね、改善していくことで少しずつグローバル化していくのだろうと感じた。